WEBシリーズ
「E-LINK」最新号&バックナンバー
社団法人 日本能率協会
日本能率協会様のご協力により、E-LINKから技術者の皆さんに役立つ「セミナー」を提案しています。
開発ストーリーを追え! vol.02 「マイナス20度の冷凍魚を切身加工せよ」50歳と64歳のコンビが挑んだ世界初。 三友工業株式会社(愛知県小牧市)
技術者・鈴木理氏(左)と営業担当・細江政司

「できる」と信じて1歩を踏み出す
ものづくりの魂。

 若手営業マンに同行していた細江政司(50)は、客先である大手水産加工業者から、こんな相談を持ちかけられた。「冷凍したまま魚が切れたら、どんなにいいか……」。

 三友工業は、さまざまな分野の生産ライン自動化システムを開発している。中でも独自のアイデアと技術力で注目を集めているのが、食品マーケットで使用される「スーパーイタサン(高性能自動魚切身機)」だ。魚体の大きさをマイコンで計測し、傾角・旋回角を決め、丸刃が回転しながら歩留まりよく切断していく。

 ただ、自動切身機を使うには、冷凍魚をある程度“解凍"しなければならなかった。冷凍魚の温度は約マイナス20度。カチカチに凍ったままでは加工することができず、冷凍庫から出した後、マイナス5度程度になるまで放置しておくことが通例となっていた。



店頭に並びいかにおいしそうに見えるか。切身の切断面がポイントだ。
 客先からの帰途、細江は担当営業に「できると思うか?」と聞いてみた。担当営業は「できるはずありませんよ」と即答した。営業が「できない」と即答するのも無理はない。マイナス20度といえば、カチカチの氷を切るのと同じようなものだ。

 もちろん、単なる氷を切るのとは訳が違う。氷は断面が多少ギザギザでも文句は言われない。でも、魚の切り身はそうはいかない。断面がギザギザでは商品にならないのだ。商品として店頭に並べるには、包丁でスパッと切ったような、なめらかな断面を実現しなければ意味がない。

 マイナス20度の氷のように固い冷凍魚に対して、そのような加工ができるだろうか。世界を見渡してもそのような加工機は存在しない。ただ、細江は「できない」と最初から決めつけることはしたくなかった。技術の世界に足を踏み入れて25年以上。どれだけ不可能と言われようとも「できる」と信じて一歩を踏み出すことが、“ものづくりの魂"というものだと細江は思っている。

 冷凍カッターが実現できれば、解凍の手間が省けるだけでなく、場所代、光熱費、人件費などのコストも大幅に削減でき、かなりのニーズが見込めるはずだ。

 社内の誰に相談しても、きっと「また細江さんがムチャなことを考えている」と思われるだけだろう。細江はひっそりと開発をスタートさせた。2005年4月のことだった。

3年にも及んだ熟練技術者と営業、
2人の試行錯誤。



手書きの図面。鈴木は「技術の伝承は日々のコミュニケーションから生まれる。若手設計者に手書きでイメージを伝える作業を繰り返す」という。
 「こんなこと考えています。ぜひやってみたいんですが」。鈴木理氏(64)のもとへ細江が訪ねてきた。鈴木は環境・自動化部の技術顧問。生産技術一筋に40年以上を費やしてきた大ベテランだ。細江は鈴木に冷凍カッター開発の構想を打ち明けた。

 「やってみようじゃないか」。47歳と61歳(当時)。熟練技術者の二人三脚の開発が始まった。

 冷凍カッターの生命線は「刃物」である。鈴木と細江は、特殊鋼メーカーや刃物メーカーに声を掛け、何種類もの円盤状の刃物を用意してもらった。

 V字形にU字型、刃物の切り込み(スリット)はどの形状が最適か。カッターの送り速度、回転数は、どのくらいが適当なのか。数え切れないほど刃物と機械の組み合わせ条件を試してみた。冷凍魚に刃物が当たった瞬間に、バーンと刃物が割れてしまうこともあった。その回転数に耐えきれず、機械が壊れてしまうことも1度や2度ではなかった。

 ハムや食パンをスライスするように、マイナス20度の冷凍魚をスライスする。理想の切り口に近づけるために、二人はあらゆる条件を繰り返し試し続けた。

 ダイヤ刃を試したこともある。より多くの回転数を出すために、500Wのモーターを1000Wの大型モーターに変えて実験してみたこともある。「切断面はキレイだが、加工能率が落ちる」「切り屑の出る量は少し多いが、加工効率は抜群にいい」「屑は出ないが、音が大きすぎる」……鈴木と細江の“世界初"への挑戦は、3年間にも及んだ。

その開発は、若手技術者たちの
最高のお手本に。



スーパーイタサンシリーズ「匠身(たくみ)」のロゴ。同シリーズの製品は、切身精度を±7%とさらに向上させた「若大将」、魚を切身機へ自動供給する「女将さん」、切り身を設定枚数で振分ける「仲居数子さん」などネーミングがユニーク。
 マイナス20度の冷凍魚でも、冷凍庫から出した瞬間にスパッと切ることができる。二人はその製品を「匠身(たくみ)」と名付けることにした。「匠身」は、来春の発売を予定している。

 「市場はニッチだし、これを真似してやる会社はないと思うよ」と笑う細江の言葉は、「ここまで他はやれるはずがない」という誇りの裏返しである。誰もが無理だと振り向きさえしなかった開発を、細江は長年の間に培った経験と技術で現実のものとした。

 「やんちゃはピカイチですよ、細江は」と鈴木は言う。新しいものを生み出すのは、時にその「やんちゃ心」だったりするのだ。

 鈴木も細江も、口を揃えて言う。「技術は教室で教えられるものではなく、実際に図面にして、何度も失敗を重ねながらトライしながら学んでいくもの。そして、技術者自らの情熱が不可能を可能にする。技術者として大切なことを、毎日の中で若い人たちに伝えていければ」。

 熟練2人組が開発した、世界初のマイナス20度の冷凍魚を加工する「匠身」は、若手技術者たちの最高のお手本となった。

会社概要

三友工業株式会社
〒485-0073 愛知県小牧市大字舟津1360番地
事業内容/ゴム射出成形機、自動化設備、環境保全設備、食品機械、発電機、航空電装などの製造・販売
従業員数/305名 創業/1954年