はじまりは7年前。
それは「夢みたいな話」から始まった。
化成品事業部 製造技術課
係長・林一郎氏
7年前、ヨーロッパの携帯電話メーカーから、ある依頼を受けた。「アレルギー対策としてニッケルを使わないめっきはできないか?」。
ニッケルは、めっき技術とは切っても切り離せない関係にある金属。例えるなら、女性の化粧におけるファンデーションのようなものだ。ファンデーションという「下地」を塗るから、頬紅や口紅といった化粧が施せる。ニッケルも同じく、樹脂めっきの下地には100%必要不可欠な素材だった。
ヨーロッパの中でも、とくに北欧は、さまざまなアレルギーに対して敏感なお国柄だ。ニッケルが肌アレルギーを起こす要因となることが、以前から問題視されていた。
太洋工作所の営業担当者は「できない」と即座に断った。樹脂めっきの下地には100%ニッケルが使われている。それはめっき業界の“常識”だった。そのニッケルを使わないとなれば、めっき会社だけの問題ではなく、薬剤メーカーなどを巻き込んだ大がかりなプロジェクトとなる。「そんなの夢物語や」。到底実現できるとは思えなかった。
化成品事業部・営業技術部
部長・井上宏氏
しかし、その後、世界におけるモノづくりの情勢は「環境」へと大きく舵を切っていく。日本の製造業も国内だけでなく、世界を視野に入れたグローバルなモノづくりが求められるようになっていった。
ヨーロッパの携帯電話メーカーから、再度の依頼があったのはちょうどその頃、今から3年前のことだった。「世界的にアレルギーフリーのプロジェクトを本社で立ち上げるので、ニッケルフリーの実現をもう1度、考えてもらえないか」。
「世界に通用する技術を身につけないと、これからの時代は生き残っていけない。いい機会なのかもしれない」。2004年、太洋工作所の「ニッケルフリー」に向けての挑戦は、こうしてスタートを切った。
試行錯誤でたどり着いた、
ニッケルに代わる新開発のめっき
金属製品の防錆・防食、装飾からスタートした同社のめっき加工技術。大型設備が並び、「量産」体制が整う工場内。
樹脂めっきにおいては、ニッケルフリーはまだ実現されていない。工業製品という精度が求められる分野において、下地となるニッケルに代わる素材を見つけることができるのだろうか?試行錯誤の日々は始まった。
ニッケルを銅で代用することはできないか。「すずと銅」と組み合わせた合金ならどうだろう……アイデアを出し合い、何度もトライしてみる。しかし、トライを繰り返していけばいくほど、ニッケルという素材の“万能さ”が浮き彫りになるばかりだった。
ニッケルは、ある程度の固さがあり、程良い粘り気もある。さらに表面の耐食性にも優れている。表面に施す「クロムめっき」も剥がれにくい。樹脂めっき全体の強度をしっか保ってくれる。
しかし、銅の場合、表面がやわらかく、耐食性も弱い。さらにクロムめっきを施す際に使う強酸性の薬剤で表面がやられてしまい、ちゃんとしためっきができないことがわかった。
「すずと銅」の合金は、製品化寸前までこぎつけた。ヨーロッパから携帯電話メーカーの担当者が太洋工作所の工場に訪れ、製造ラインを確認し、サンプルにも承認が出ていた。しかし、量産の手前でストップが掛かった。このプロセスでは量産性と品質で致命的な問題が有ることが判明したのだ。
再び開発はゼロに戻り、現場での試行錯誤は続いた。ビーカー試験ではOKでも、量産用の試作レベルの試験では、まだ不具合が出てしまう……合金や表面に施すクロムめっきの厚さをミクロン単位で調整し開発を進めていくが、なかなか思うような結果が得られない。
暗礁に乗り上げたかと思われたニッケルフリーの開発。解決の糸口となったのは、まったく異なる分野のめっきに使用していた新開発のめっきの存在だった。これをある若手の技術者がたまたま試してみたところ、偶然、ニッケルと変わらない機能を有する下地が見事に出来上がった。
「ニッケルフリー」を施した第1号機の携帯電話。「めっき」は、デジタル家電や自動車などの産業に欠くことのできない成膜技術のひとつである。太洋工作所は、亜鉛めっき、樹脂めっき、スルーホールなど多様なめっき技術を持つ。
2008年3月、太洋工作所が約3年もの年月をかけて開発した「ニッケルフリー」のめっきが、ヨーロッパの携帯電話に用いられ、ついに市場に投入された。
化成品事業部・営業技術部の部長である井上宏(61歳)はいう。
「うちの会社は、専門に特化せず、あらゆる分野に多様なめっきを提供している。時には“なんでも屋”と言われたこともあるが、幅広くどんなことにもチャレンジしてきたからこそ、実現不可能といわれたニッケルフリーの「量産」にまでたどり着くことができた。世の中の技術は日進月歩。これからもどんなことにも積極的にトライしていきたい」。
同じく化成品事業部の製造技術に携わる林一郎(39歳)は、ニッケルフリーの開発をこう振り返る。 「苦心して確立した我々のニッケルフリーの技術が、ゆくゆくは世界のグローバルスタンダードになってくれたら嬉しい」。
最近では、他業種各企業からの問い合わせも増えてきたという。大阪にある社員数550名の企業が生み出した技術は、これからさまざまな業界へ、そして世界へと広がっていく。
株式会社太洋工作所
〒535-0013 大阪市旭区森小路1丁目2番27号
事業内容/亜鉛、樹脂等のめっき加工 従業員数/550名 創業/1949年